敗北者のブログ

長年生きて来たぢぢぃの独り言

鈍色のリング




当時の値段で

二千円もしなかったと記憶している。


あれは確か、

表参道の古びたアパート前の歩道に

やる気のなさそうな

ヒッピー風のお兄さんが、

黒い敷物の上に

安っぽいアクセサリーや

ガラクタを並べて売っていたのを、

あゆみんが笑顔で手招きをしてまでして

俺をその場に座らせて

選ばせたリングだった。



それはまだ

原宿にピアザが建つ

ずっと以前の話しだった。



そんなにも昔に

俺が買ってくれたんだと

嬉しそうに話してくれるおばさんが、

大切そうにドレッサーの引き出しから

出して見せてくれたのは、

傷だらけですっかりと

鈍色に色褪せてはいるが、

汚れやくすみのない光沢が

大切に保管されている事を

物語っているリングだった。



「歳は取りたくないよね。

指の関節が太くなっちゃってさ、

外すのに物凄く苦労してね。

それ以来、はめてないのよね。

これが指に入らなくなっても、

何故か何処かへ出掛ける時には

必ずお財布に入れて持ち歩いててね。

言わば、

私の御守りなのよ。」



そう言いながら

皺だらけの手を目の前に差し出して、

細く骨ばった薬指に

指輪をはめる様な仕草をする彼女の姿を

俺は黙って見ているしかなかった。




もちろん、

喜びはしなかった。

懐かしさや後悔なんかじゃないし、

恐怖からではないんだ。

得体の知れない複雑な感情が

腹の奥底から沸き上がって来て

鳥肌が立っていた。

分けも分からずに涙が溢れ出し、

心がざわついて嗚咽していた。




置き去りにした青春の過ちが、

あれからずっと葬られる事なく、

こんなにも長い時を経て

俺の知らない所で

こんな風に温め続けていたなんて、

そんな事を

俺は認められなかったし

認めたくはなかった。




けど、

磨かれたリングは

紛れもなく輝いていたんだ。

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