ありがとう。
「ありがとう。」
この頃、なかなか会えなくなってしまっている彼女とデートをしている時、
彼女が良く口にする様になった気がする。
今まで、彼女はこんなに頻繁にこの「ありがとう」を俺に対して言っていただろうか?
ふと、小さな不安と共に、彼女の心の中にある僅かな綻び(ほころび)を感じる気がしてならない。
「ありがとう。」
テーブルに置いてある砂糖を、取りやすい場所に寄せて上げただけなのに、わざわざ視線を合わせて、感謝?の気持ちが何気なく伝わる様な口調で言う彼女。
会話の流れの中で、軽く流す「ありがと」ではない「ありがとう。」の重み。
風に流されたマフラーを整えて上げただけなのに、笑顔で振り返って「ありがとう。」。
確かに、今まで「ありがと」は自然な会話の流れの中では登場していた気がする。
しかし、この一呼吸?いや半呼吸の溜めと、顔を俺に向けて、或いは視線を合わせてまでの改まった「ありがとう。」は、ここ最近になってからの様な気がする。
俺は何か変わったのだろうか?
彼女に対する態度に何か変化を着けてしまっているのだろうか?
笑顔を向け、視線を合わせて言われる「ありがとう。」に、この些細な事案に対する感謝以外の別の言葉が続けられる様で、俺の心がざわ付いてしまうのは、俺の後ろめたさのせいなのだろうか。
もしかしたら、この「ありがとう。」の前に付け足されている彼女の気持ちは、今現在の感謝などではなく、今までの二人の関係に対しての清算が込められている様な気がして、妙に淋しさを感じてしまう。
耳障りの良い軽い明るい声で、他愛ないお喋りを矢継ぎ早に話し掛け、生返事の俺を置いてけ掘りにして置きながら、その実彼女の内心は俺の迷いを如実に感じ取って、
その「ありがとう。」を言い始めたのかも知れない。