エリカ 5
ふと原点に立ち返ってしまった。
優香は確かに可愛い。
学園祭のミスコンでダントツの一位を獲得するだけの魅力を優香が持っている事は充分に理解しているし、俺自身が身を持ってそれを実感している。
しかし、その優香の持つ高品位ブランドは俺が優香に告白をされ、付き合い出してから優香の周りの友達から初めて知らされた彼女の情報であって、俺は告白された時点で優香がそんな大それた地位に君臨している女子高生だとは予想だにしていなかった。
確かに、文句なく可愛いかったのは認められるし間違いはなかった。
行き着けのレストランに可愛いウェイトレスのバイトの女の子がいる事は知っていたし、実際に可愛いかった。
それは、俺に取っては、単純に可愛い女の子がそこで働いていると言うだけの事実だけで、その女の子と何か接点を持とうと思わなかったし、実際に客とウェイトレスとしての関係しか無かった。
つまり、俺は始め優香を全く意識していなかったし、優香自身も俺に対して好意を寄せている素振りなどは微塵も見せてはいなかった。
ただ単純に可愛い女の子が働いているレストランの客でしかなく、その感情の接点は何も感じなかったのだ。
だが、このエリカは違っていた。
始めて優香の友達として紹介された時点で、彼女の持つ大人びた艶やかさは、優香とは全く違った異質な色気を放ち、俺を見る眼差しに何某かの感情が込められているのを感じたのだった。
その瞬間に、確かに俺はエリカから放たれている女子高生らしからぬ色香を感じ取っていたのだった。
しかしながらそれは、始まったばかりの優香との関係で浮き足だっていた俺に取っては微々たる感情の迷いでしかなく、しかも一瞬の甘味でしかなかったはずだった。
ほんの一瞬だけ、感じ取れた優香から送られて来た得体の知れない電気信号の様な感情伝達。
楽しくてノリのいい明るいエリカが心の内に抱えていた発芽したばかりの悪の花。
奪い取ろうとするのではなく、お零れにあやかろうとする気持ちの芽生え。
それは、日頃から親友の優香から聞かされていたからこそ、憧れてしまった喪失の一夜のプロセスが、「理想的な始めて」だったらしいのだ。
エリカは沢山の仲間達から、その瞬間を迎えるまでの恋愛の経緯やそこに至るまでのプロセスを聞かされていた。
それのどれもこれもが、エリカに取っては男のガツガツとした欲望によって巧みにお膳立てをされた揚げ句に、まんまと罠にはめられてしまった小鹿達の話しを聞いている様な気がしてならなった。
しかし、優香の俺に対する印象や接し方は違っていたらしい。
元々の始まりは優香の「気になる相手がいるんだけどね」から語り始めた俺の情報が余りにも盲目的に憧れ過ぎていて、如何にも恋に恋する乙女的な視点でしか俺を捉えていなかったらしいのだ。
優香の話しを聞いていたエリカは、その優香の中に作られた偶像崇拝的な理想の彼氏像に対して単にエリカの妄想に過ぎないと高を括っていたらしいのだった。
レストランでお皿を下げに行った時に、持ちやすい様にきちんとお皿を重ねてくれるだけならばある程度の人はやってくれるし、その時に気遣った言葉を掛けてくれる人もいる。
でもそれには下心が見えていて、話しの切っ掛けを作る為だったり、そこから優香との接点を広げて行こうする下心が見えていて、他の女の子にはそんな事をしない人だったりすると、いかにも下心で作り出している優しさなのが見えてしまっていたのだけれど俺にはそれがなかった。
皿を揃えるだけでなく、さりげなく皿の汚れていない部分を持てる様に揃えてくれたり、持った指が滑らない様に途中まで手を添えてくれてたり気を付けてくれて、それでいて話し掛けて来るでもなく、変に笑顔を向けてくるでもなかった。
そんな振る舞いを優香にだけしていた分けではなくて、他のウエイトレスにも同じ様にしていて、単純にそんな親切な振る舞いが自然に出来る優しさを感じたらしいのだ。
そんなエピソードを幾つも聞いて、
そして、あの犬吠埼からの電話を貰った。
男なら誰だって優香ほどの可愛い女子高生が、その為の覚悟を決めて一夜に臨んでいれば、間違いなく事を起こすのは当たり前のはずだった。
共に一晩を過ごしたのにも係わらず、それをしなかった。
だから、もう一日一緒に居たいからアリバイを作ってとお願いされた。
聞けば、一晩中話をしていたんだと優香は言っていた。
その覚悟を確認され、その上で俺で良いのか、後悔はしないのかとしっかりと意思確認をされている内に夜が明けてしまった。
その話しを聞いたエリカは、
あの優香を目の前の膳に据えられて、箸も着けずに一晩を過ごした男がいる事が信じられなかった。
その後に、優香から惚気話しを聞かされ俺と言う男像がエリカの中に確立されたのだと言う。