チャエとのエピ
マンションのドアを開けると、
玄関のタイル張りの床に、きっちりと正座をしてひれ伏す様な格好で、三つ指を着き頭を床に着けている彼女がいた。
「お帰りなさい、ご主人様。」
俺の方を見る事なく、艶のある綺麗な背筋を真っ直ぐに伸ばした状態で床に頭を着けたままで言葉を発していた。
長い黒髪をお団子に丸めた塊に突き刺した、真っ赤なかんざし以外には、その身には何も纏ってはいなかった。
彼女はそんな姿で俺の帰りを出迎え迎えたのである。
彼女はいったい何時からそんな姿で、いつ帰ってくるかも分からない俺を待っていたのだろうか?
正座している足の膝から下の部分の血色が悪くなっている様にも見えている。
もしかしたら、もう足が痺れて立ち上がれなくなっているのかも知れなかった。
そんな姿を目の当たりにしてしまった俺は、一瞬にして物凄く嫌な気分になってしまった。
そんな扱い方をしたいなんて微塵も思った事などなかったからだ。
あくまでも彼女は、俺の恋人的な立場でいて欲しかった。
それは、俺からしてみれば贅沢な望みだったのだろうか。
その時点で、彼女と付き合い始めてから、もう3カ月の月日が経っていたはずだった。
彼女が望んでいる俺との関係とは、
こんな主従関係なのだろうか?
俺が、彼女の事を大切に思っているからこそ、出来る限り彼女の要望には応えて上げようとしていたんだ。
いや、これが何かのパロディや冗談で俺を楽しませ様としての演出だったのならば、それはそれで、
この場のノリで、靴を脱いで彼女の頭なりを足蹴にすれば面白いのかも知れないのだが、
彼女のしているそれは、
笑える要素が何処にも見当たらず、
お辞儀から直った彼女の表情には一点の迷いもなく、真っ直ぐに俺の目を見据えた上目遣いの視線は真剣な眼差しそのものだった。
髪は綺麗に後ろ側に纏めて丸められ、薄化粧の割には鮮やかで真っ赤な口紅が指してあった。
髪型と口紅の色の使い方次第で、その雰囲気を自在に七変化する事ができる彼女。
今のこの姿は如何にも性奴隷的な風情を見事に醸し出しているのだ。
これが、子供っぽくポニーテールや明るい配色の派手目な化粧だったのならば、俺もこんなにも嫌な気分にはならなかったのだろうけど、
彼女のその姿には、いつになく真剣に服従を願う雰囲気が纏われていたのだった。
「その姿で、俺に何をして欲しいの?」
「ご奉仕させて頂きたいのです。」
「したくなったら、好きな様にして良いって言ってあるよね?
実際に、ついこの前は、ここで俺のズボンを降ろして、いきなりむしゃぶり付いてたじゃん。
その時だって俺は、嫌がらなかったよね。
好きな様にさせて上げてたよね。」
「違うの。
今、私が言っているご奉仕って言うのは、私のしたい事を好きな様にするのではなくて、
私の身体を好きな様に扱って貴方のやりたい事をやりたい様にして欲しいのです。
何か命令して頂ければ、言われた通りの事を忠実にこなしますし、そこにご不満があれば、お叱りも受けますし、ご存分に折檻されても構いません。
私を奴隷の様に扱って欲しいのです。」
「なんで急にそんな事を思い着いたの?」
再びかしこまり、丁寧なお辞儀を俺に向ける彼女。
これが、おれが始めて美紗絵の心の奥底に棲むチャエに出会った時のエピソードである。