敗北者のブログ

長年生きて来たぢぢぃの独り言

小さな器



我が家の飼い猫のメロンは膝に乗って来る。

いや、俺は正座をしているのではなく、畳に座布団を敷いて胡座をかいているのだから、正確には膝の上ではなくふくらはぎとか太ももの上なのだが。


兎に角、休日の昼間や毎日の夕食後のちょっくらテレビなどのまったり寛ぎタイムにベッドに寄り掛かり休息を取っていると、必ずツカツカと近寄って来ては、さも当然の如くに膝の上に乗っかって来るのだ。


それは、真夏のクソ暑い日も、このクソ寒い時期にでも、季節に関係なく、俺がこのテレビの前の定位置に座ると何処からともなくやって来ては、そこが我の定位置だと言わんばかりの態度で乗って来てしまうのだ。


とは言え、俺もそうそう毎日毎日、のほほんとお気軽に寛いでいる分けではなく、仕事に疲れてお風呂の掃除や夕食の後片付け、洗濯物を畳んでしまってと家事の一端をこなした後での、やっとの一休みタイム。


そんな、一日の疲れを癒すための至福の一時を、


今では、糖尿病に犯されて体重が激減したとは言え全盛期には8キロの体重を誇っていた時期があった巨体のお猫様である。


想像してみて下さい。

あのプニッとした柔らかい肉球とは言え、

質量が8キロもある四つ足の動物が脹ら脛のやっこい筋肉の隙間に遠慮なくグイッと指圧の如くに乗っかって来るんです。


踏まれ所によってはドチャクソ痛いんです。



まあ、飼い猫ですので、懐いてくれるのは嬉しいのですが、疲れていたりもする一日の貴重な休息の時間。

俺としては胡座だけでなく、脚を投げ出したり立て膝になったりと好き勝手な姿勢で自由に過ごしたい分けなんですわ。


なので、ツカツカっと乗っかって来るメロンをむんずと捕まえては、つかさず下ろすんですわ。

でも敵も、そこはそこ。

そう簡単には引き下がりません。

横に下ろされたその足は直ぐ様に俺の太ももに掛けられ即座に乗り込み態勢を取り、再上陸してくる。


そんなやり取りを5~6回以上も繰り返す内に、敵も何かを悟るらしく、間髪を入れずに再上陸を試みる事を一時休戦するのですが、


俺の真横にちょこんと座り、決してつぶらではない瞳を真っ直ぐに俺の方に向けて、何かを訴える様な視線を向けて無言の抗議するのです。


俺はと言えば、頬にメロンの視線を感じながら、気付かぬ振りをしながら視線を合わせぬ様にテレビの方を向いていると、


前足を俺の太ももにそーっと乗せようと動き始めるんですわ。


その仕草に思わずメロンと視線を合わせてしまうと、

たちまち、また、上陸作戦が開始されてしまうのです。


業を煮やした俺は、奴の両頬に手を当て、確りと目を見ながら、

「今日は疲れてるから、乗っからないで!」と説得を試みるんです。


四つ足の獣とは言え、長年共に過ごして来た時間は決して無駄ではありません。


言葉は通じなくとも、誠意を持って語りかければ、相手がなんであろうとも意思の疎通はできるものなんです。


しかし、奴は飼い猫の優位性を熟知していやがるんですわ。

俺の脚と脚の間に入る事は諦めても、決して側からは離れはしないんです。


時には、足先を枕にしたり、投げ出した脚にぴったりと寄り添ったり、またある時は寄り掛かっているベッドに乗って背中に貼り付いたりと、必ず俺の体の何処かには引っ付いた状態で落ち着こうとするのです。


いやいや、疲れてる時には一人好き勝手に楽な姿勢を取りたいんですが、

日頃の社会生活の中で、優しい気遣いが板に付いてしまっているジェントルマンのこの俺としては、例えその相手が飼い猫のメロンだからと言って、

ここに安息の場を得たり。

とばかりに無防備に寛いでいる輩を無下に邪魔者扱いができないんです。


いや、ふと我に返って、

俺はなんで、自分で飼っている猫に対して無意識に、こんなに気を使ってるんだろう。

と、己の小ささに滅入ったりするんです。




そんな煩わしい飼い猫なんですが、

思えば、遠い遠い昔に、、、


これに少し似ている状況に居た事があったな。

あれは、猫ではなく、可愛い、

彼女って存在だったなぁ


と、ふと振り返ってしまった。

永遠



寂しさの余り

つい声に出して

その名前を口にした。


誰も居ない砂浜に

染み込む波のざわめきにまみれて

自分のその声が

思いの外

耳に響いた。


街から流れくる微風は

背中を優しく撫でながら

その名前を海へと運んだ。


まるで

そこに彼女が居るかの様に、

もう一度その名を呟けば、

丸くなりかけの月に笑顔が映り、

水面の月明かりを

渡り歩いて来る彼女が

見える様で余計に

苦しくなった。



高校生だった彼女も、

病に犯されてさらばえた彼女も、

この月明かりの様に

明るく素直で真っ直ぐ

俺に向かって輝いていた。


裏表もなければ、

駆け引きもない。

ただ真っ直ぐに真正面から

俺を求めてくれたし

尽くしてくれたし

自らを差し出してくれた。


受験勉強に明け暮れていた毎日は

セックスの毎日でもあった。

教科書や参考書を枕にして

どちらかが取り残される事なく

とことんやりたいだけやり捲り

邪魔な性欲を刈り尽くしてから

またペンを握り机に向かった。


再会を果たしてからも

労りを込めた

でき得る限りの情熱で

その当時の激しさを重ね様と

試みていた。


それでも、所詮は

二人で過ごして来なかった歳月は

今更、埋められはしなかった。


余りにも長い月日が過ぎ去り

そこにはお互いの半生が

標されてしまっていて

時を戻す魔法など

使えるはずもなかった。



踏みにじるしかなかった

彼女の願い。



叶えようのない自分の望みを

彼女は毒の様に飲み込んで

困らせまいと歪んだ笑顔で

俺との時間を過ごしていたんだ。


高校生だったあの頃の身体とは

全く別人の細く骨張った体が

あの頃と同じ様に絡み

同じ様に語り掛け

空白の年月の悔しさを募らせた。




再会の時に、

あの時に「さよなら」を

言わなかったのだから

まだ別れてなんていないんだと

言い張って、

若かった頃の過ちを蒸し返しては

漆黒の後悔の淵にさ迷っていた。


お互いに浮気をして来たけど

こうして

また出逢えたのは

やり直しをするべきなんだと

独り言の様に語っては、

現実の我が身を呪っていた。


自分の死期を覚った彼女は、

口癖の様に言っていた

「冥土の土産」を口にしなくなり

「幸せなんだもんね」と

俺に尋ねながら

自らに言い聞かせ


それからの

連絡を徐々に遠退かせ


影を薄めながら

また去って行った。


同じ様に今度もまた

「さよなら」を言わずに。




思い出す事を

封じてもいなかったから

忘れてはいなかった。


かと言って、

思い出す以上の

リアクションもしなかったし

アプローチもしなかった。


多分、それが

二人最良の在るべき姿。


今までが、そうであった様に

これからも、そうあるべきであり

それが二人で出した結論だった。



無理に思い出にすり替えて

心の奥に仕舞い込んだんだ。


確かに

人はいつかは必ずこの世を去る。

俺の人生の中で、

袖触れ合った

多生の縁のあった彼女達も

俺よりも先に

逝ってしまう事もあるのだろう。




なんて愚かだったのだろうか。


大病を患い

奇跡的に生き長らえて

やっと叶えられた願いを

我儘として

彼女らしく

通さなかったのだろう。



なんて愚かだったのだろうか。


敢えて病院での診察結果を

尋ねる事を避けて、

彼女の健康面から目を逸らせ

身勝手に

自分を守っていたなんて




お互いに分かっていたはずなんだ。

俺にはなんの不満のない家庭があり、

彼女には、

そう長くはない時間しか

残されてはいない事を。


だからこそ、

本心など言葉にする事は

タブーだったし、

確かな約束でさえ

口約束にもしなかった。

けど、その気持ちは、

言葉にするまでもなく

無理に作った笑顔には

言葉以上に痛みが現れていたんだ。


比べられない「大切」が

どちらも

俺自身を構成している心。




分けて頂いている時間が

私には生き甲斐になっている。

だから感謝しても感謝し切れない。


そんな言葉を

俺は言い訳にして

大切の名の元に彼女に寄り添って

嘘っぱちの夢を演じていたんだ。



正しいのか正しくはないのか?

そんな二択に答えなんかはないんだと

割り切れるはずもなく。


彼女と共に過ごした高校時代は

確実に今の俺の成り立ちであり

俺の一部。

彼女に取っての高校時代は

彼女の全てであるかのように

俺でできていると語ってた。


それを嘘だと

笑い飛ばせる俺であったら

再会も懐かしむだけで

終われたはずなのに、

再会の時点で、

俺を一番必要としている彼女が

目の前に表れてしまった。


変わり果てた姿の中に

高校時代のそのままの彼女がまだ

手に取るように生きていた。


時間がお互いの容姿を

どんなに変えようとも

途切れたあの時間に

また再び結び合わせる魔法が

二人には使えてしまったんだ。






風が波を追い返す様に

吹き続けている。


だけど、

他のその彼女達とは、

決定的に違っているのは、

偶然の奇跡的な再会をして、

また幾ばくかの睦合いを経てから

未練を残したままで

ちゃんと

お別れをしなかった事なんだ。



駅のホームで

「ありがとう」の

言い合いっこをして

ちゃんと手も振らずに

電車を見送ってから

流れ出した時間は

積もり重ねて長い歳月となった。





取り返しの着かない




永遠は・・・・・

カマイタチ


「俺の心は今ここにはないから、

悔しくも悲しくも、

なんともないんだ。」


スマホを右手に持ち変えて

強がりを吐き捨てた。


「それじゃ、

これ切ったら連絡先とか

写真も全部消してよね。」


彼女の望んでる事は、

この俺の右手のスマホの中に

あるのかな?


右手の手のひら一つに

収まり切っている思い出になんかには

俺の未練などはない。


厄介なのは、

今俺の心と共に居留守を使ってる

彼女と過ごして来た年月。


振り下ろした決断と言う名の刃は、

確かに何かを傷付けたはずなのに、

今はまだ

誰の心を何れだけ切り裂いたのかが

見えずにいる。


傷口の深さを推し量れはしない

空虚な時間が過ぎた後に、

いったい何れだけの血飛沫を

上げていたのかを知るのが怖い。


俺達はこんな物だけで

繋がっていただけではない事を

彼女は解っているのだろうか。


そうか、そうだったよな。


女とは、

握り潰した恋愛沙汰を

わざわざ手のひらを開いて

眺めたりはしないんだよな。


新しい誰かのポケットの中に

ちゃっかりと手を忍ばせて、

温もりの中に捨て去れる

生き物なんだよな。




あぁ~あ、

頸動脈が切れてなければいいな。